ヨモギ

Nec_0034_7 ヨモギでございます。

雛の節句にヨモギ餅をつくあのヨモギです。

七草に春の七草を使って七草粥を作るのも、雛の節句にヨモギ餅を作るのも、もともとは奈良時代の宮中で春の薬草摘みの行事を行っていたところからきたらしいです。すんげー長い歴史があったりするわけです。

10代の頃、井上靖の小説「額田女王」がそらもう大好きで大好きで 、歴史的な背景はもーどうでもええから、額田女王と大海人皇子と中大兄皇子の三角関係に「ホー――ッ」と溜息をついておりました。二人の皇子に愛されて、でも己は揺るがない。かあっちょええなあ。梅の花散る夜の大海人皇子とのベッドシーンも、雪の夜の中大兄皇子のベッドシーンもそらそらロマンティックで、「井上靖、文学界の重鎮とかゆうとるが、根っこはハ―レクインロマンスやんか。最高じゃ!!じいやん。」(某「愛ルケ」とは根本的にちがう)。

その三角関係の山場が、春の薬狩りの野での歌会。

当時、額田女王はすでに大海人皇子とは切れて、中大兄皇子の恋人だったのだけれど、大海人皇子は未練たらたら。三者ともが和歌の名手であるために、三者三様の思惑の交差する含みのある歌が交わされる。

「あかねさす 紫野行き標野行き 野守は見ずや君が袖振る」

さらっとこういう歌を歌ったりして、かっこいいぞ、額田女王!!

その奈良時代の薬狩りにちなんだ行事は南薩に長く残り、雛の節句には若い男女がみんなで、お弁当を持って野山に薬草摘みに行ったそうな。それを、明治までやっておったそうな。・・・・・ええやんか~~~!!

復活させよう、そういう行事。

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