多く、長く、広い国

Nec_0024 今となっては遠い遠い昔のこととなりましたが、わたくし中国史が専攻でございました。あまりの多さ、長さ、広さに「こりゃあ、一人の人間の一代の頭じゃ無理」とあっと言う間に挫折したんですけどね。

今だってその「多さ、長さ、広さ」はまったく変わってないし。あと3,4千年は変わんないんじゃねえの?

あの国は何千年も昔から、自国の人民が何万、何十万飢え死にしようが、地震で死のうが、洪水で流されようが、あるいは軍隊に鎮圧されようが(チベット自治区ね)、しれしれっと「無問題」と言い切ることができる国なんですよ。それが「悪人国家」だとか「テロ国家」だとか言う気は毛頭ございやせん。「そうでなければ治まらない国だ」と申し上げておるわけです。こういっちゃあ怒られるだろうけれどたぶん未来永劫ね。たかだかフランス革命からこっち200年あまりしか歴史を経ていない、西洋式の議会制民主主義が、あの国に馴染むわけがないっちゅうの。

んで、何が言いたいかというとですね、「自国の民が飢え死にするのすら『無問題』な国なんだからイザって時に他国の民が飢えても平気だよ。」ってこと。今度の冷凍餃子問題でもまったく責任取る気ないでしょ?そういう国なんだってば。

わからないのはあの国とは邪馬台国の卑弥呼以来2000年近い付き合いの癖に、胃袋を全面的に預けるような真似をして平気だった、ってその感覚。こえええよおおおお。すでに紀元前には「兵糧攻め」って言葉が兵法として確立されてる国なんだよ。「人肉饅頭」が繰り返し何の抵抗も無く文学作品に出てくる国なんだよ。

それはちゃちい西洋的な善悪を超えた、徹底的な現実主義なの。理屈でその現実主義に勝てるはずが無い。

悪いことは言わないから、とりあえず目先の損得はさておいて、自分とこの食料は自分とこで作ろうや。いや、まじで。

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