帰りなんいざ

Nec_0003 帰去来の辞     陶淵明

「帰りなんいざ、

田園将にあれなんとす

なんぞ帰らざる。

すでに自ら心をもって形のしもべとなす、

なんぞ惆悵(ちゅうちょう)として独り悲しむや。

已往の諌むまじきを悟り、

来者の追うべきを知る。・・・・・」

(帰るぞ、帰るぞ、とっとと帰るぞ

くにの田畑が荒れそうなのに

なんで帰らんでおれるかよ。

本音よりプライドの奴隷を選んだのは自分だけど、

それを一人でくよくよ悲しんだってしょうがないじゃん。

すんだ事は、今更悔やんだって仕方ないって

これからの事は気合ひとつでどうにでもなるよ。・・・・・・)

はるか1700年の昔、中国は東晋の大詩人陶淵明もすでにこう詠っておる。

もうしょうもねえト○タとかキャ○ンとか大企業を信用すんの止めちゃえ。「帰りなんいざ」だよ。経団連のミタライだかトイレだかいうおっさん人を人とも思ってないじゃん。

とっとと田舎に帰るんだ!プライドなんかいっちゃがっもならん(一銭にもならん)。お父さんやお母さんのところに、そうじゃなかったら爺さんや婆さんの里に、朽ちかけた家の一軒や二軒あるでしょ?今ならまだ間に合う!山が畑が田んぼが取り返しがつかないほど荒れる前に、企業なんか捨てて帰れ!

大丈夫だ。みんなが田舎に帰れば人が増える、そこに経済が生まれる。

田舎なら少なくとも食いっぱぐれはない!ホームレスになるぐらいならあばら家でも田舎の家に住め!何とかなる!

帰ってこい!

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