椿屋敷のお客様

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2005年9月28日 (水)

陰明師

Nec_0021 京都に住んでいた頃、祇園祭の日に町衆の家の娘さんに、客としてお呼ばれしたことがある。ホイホイと行って出されたご馳走をたいらげて帰ってきた。今考えてみてもつくづく恐ろしい。学生というものは、田舎者というものは(というよりわたくしは)、ほんとうに世間知らずであった。「京都人に『ぶぶ漬け食べとくなはれ』と言われたらそれは『帰れ』の意味である」という常識を知らなかったのである。その家は応仁の乱(!)から祇園の町衆(!!)を続けている家で、祭りの日に通りに向けて戸が開け放たれ、素人目にも何やら由緒ありげな屏風とか、陶器とか、掛け軸とかが飾られていた。鱧の吸い物と節竹入りの羊羹を生まれて初めて食べた。ありがたいご好意であり感謝しているが、どうしても「あとで『せやから田舎モンの子ォは・・・。』と言われたんじゃないか?」と思ってしまう。長く住むうちに裏がだんだん見えてきたのだ。

その京都の美意識を完成させたのが平安時代であり、平安京である。「陰明師」(岡野玲子著・全12巻・白泉社)は、平安京を描いた傑作だ。

大ヒットしてしまったので、その後雨後の筍のように「陰明道もの」がでたが、これを超えるものはない。それほど綿密であり、思考は深く、なおかつ美しく強い。その強さを支えるのが主役二人のバランスの妙だ。「陰明師という職業柄、常にクールでニュートラルであり続けなければならない」阿倍晴明だけではこの強靭さはありえなかった。「楽の申し子であり鬼や妖異にすら決して揺るがない純粋さを持つ(ときにそれは暗愚にすら見える)」源博雅の存在があって、初めてこれほど強く深く美しい表現をなしえたのである。

やっぱなあ、クールでカッコよくて洞察力がある人間だけじゃ、話に深みがなくなるわけよ。博雅みたく良くいや純粋、悪くいや鈍感な人間があって、初めて洞察に意味がでてくるし話も進むってもんよ。世間知らずの田舎者だからこそ怖いもの知らずで町衆の家なんかにノコノコご馳走食べにいけたわけだし。って言い訳してどうする。博雅ほど純粋じゃないくせに。

晴明の妻となる見鬼(鬼を見る能力者)のくせにリアリストの真葛、藤原氏の頂点を狙ういかにも京都人らしい貴族の中の貴族兼家、晴明に懸想し続ける陰明博士賀茂家の嫡男保憲などなど、脇役もみな魅力的。岡野玲子氏のマンガは、絵も言葉も視点もキャラ設定も氏独特の色とリズムがあり、はまるとこれがたまらん味になるのである。

味と言えば、でてくる平安時代の食べ物という食べ物がそりゃもうおいしそうなのである。鮎とか銀杏とか茸とか栗とか真桑瓜とか、当時の食生活をかなり正確に再現しているのだが、むちゃくちゃおいしそう

晴明と博雅が、雨乞いのために瓜を持って、北は若狭から南は吉野まで水の霊場を巡る旅をする8巻「太陰」が一番好きである。               

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コメント

またしても本棚チェックに行かねば(笑)
私も8巻が一番好き・・・というより、9巻以降は完結までコメントを差し控えたい展開になってしまった感があります。どうするのかなあ。
夢枕氏の原作も、好きです。岡野版はそうでもないけど、夢枕版は何故かぼろぼろ泣けるんだなあ。どうしてでしょうね?

秋らしく模様替えですね!びっくり。
急に涼しくなってきたので、お体お大事に。

あと、余談ですが、「鋼ー」でトラックバックさせてください。しょーもないネタなんですが・・・。

さすが麦の花さん、痛いところ突くなあ。そうなんです。どうも9巻以降は(?)なんです。エントリーでは「誉め」原則なので控えましたが(笑)。夢枕獏さんのは泣けますよね。何でですかね。シナプスさんが「バージョンアップするぞー」とおっしゃったので便乗しました。トラックバックじゃんじゃんしちゃってください。こちらもいたします。そわかんぼちゃん、旦那さんともどもお体お大事に・・・。

読みたいなぁ~借りに行きます!!
模様替え、素敵になりましたねぇ~
私はポン、と背景を変えて手を加えてないのでなんだかしっくりいきません。
ゆっくりやりま~す!!

どうぞどうぞ、お読みになってください。模様替えゆっくりが一番ス。わたしとこもいろいろ不具合があるので、少しずつなおしとります。

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