椿屋敷のお客様

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2005年9月14日 (水)

吉備津の釜

034 秋草の意匠は日本画や工芸品、着物の柄、茶碗の柄、とにかくありとあらゆるところにございますなあ。われわれ日本人の潜在意識に刷り込まれているといっても過言ではありますまい。ススキやメヒシバ、オヒシバ、小菊、萩、などなどの秋の野草が風に揺れる様を、細い線で描いている寂しい意匠ですけどね。だから、葬式関係のグッズには欠かせませんな。

江戸時代からそういう美意識はあったらしくて、幽霊絵のバックの、廃屋とか破れすだれとか破れ蚊帳にあしらって、凄惨な雰囲気を醸し出しております。怖いよー。お盆の暑い真っ盛りより今時分のほうが怖い。夏に栄えた草薮に衰えが目立ち、日の暮れるのが早くなる時期。思いもよらず遅くなってしまった誰そ彼時、廃屋の枯れかけた背の高い薮の向こうに見てはならないものがのそりと立っていそうな気がいたします・・・。

そういう「秋草のむこうの恐ろしさ」を刷り込んでくれたのが、上田秋成の「雨月物語」で、とくにその中の「吉備津の釜」であります。怖かったなあー。話そのものは岡山の吉備津神社の神主の娘の磯良が、遊び人と結婚してしまい、案の定夫は他の女と逃げ、恨みのままに死んだ磯良の亡霊が女と夫を憑り殺すというありがちな筋なのですが。なんかもう雰囲気が、じくじくじくじくしてて。しょっぱな結婚の吉凶を吉備津神社の釜で占うんだけど、「吉ならば釜はをんをんと吠え」「凶ならば釜は黙して鳴らず」で、湯気はもうもう立てどシーンとして鳴らず。その「シーン」とした沈黙がやなのよ。他の女と逃げた夫だったけれど、逃げた先であっという間に女は熱病で死ぬ。嘆いてその女を葬った墓参りをするんだけれど、それが秋草真っ盛りのシーズン。日が傾いて揺れる秋草の中で、他の墓に墓参している下女を見かけ、悪い癖でナンパする。誘われるままその女の家に行き、「病に伏している」女主人と対面。秋草模様の屏風の陰からのそりと現れたのは、なんと捨てた妻磯良!美しい顔の頬はこけ、顔は青白く、髪は乱れ、恨みにゆがむ。あまりの恐ろしさに気を失って、気が付けばそこは野中の秋草茂る廃屋の中。

走り逃げて徳の高いお坊様に泣き付き、なんとか磯良の恨みをやり過ごしたいと策略するのでありますが、最後の最後がまた凄まじかったです。結局憑り殺されたらしいのだけど、その「痕跡」だけが残ってるの。秋の清澄な月明かりの元、男の部屋の入り口に吹き出た血痕、そして竹の垣根に男の髻(つまりちょんまげ)だけが引っかかって、秋風にゆらゆらと揺れている・・・。ひー――――コワー―。

今時分の誰そ彼時、秋草の野は恐ろしいです。とても美しいと思うのに。いや美しいからこそですか・・・。

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