椿屋敷のお客様

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2009年4月24日 (金)

芸能の報酬

Dvc00008 母は民謡(踊り)の師範で、祖母(母の実母)の介護をするまでは自宅で教室をやっていました。

発表会前など一日中「南部俵積み唄」だの「刈干し切り唄」だの「ハンヤ節」だの「少年田原坂」だの繰り返し繰り返し鳴り続け、覚えるつもりは無かったのにいまだに歌えます。

当時はまだ高度成長期で、踊りの世界も家元と金と芸能プロダクションが絡み、こんな鹿児島のド田舎でも、公共工事で作られた「市民会館」や「町民センター」で金に任せて歌手を呼んで催されたいろんな流派の発表会がありました。母はそこそこ人気のあるお師匠さんで、かなりのお月謝を稼いでいたはずですが、出て行くお金もかなりのものだったと思います。何につけてもあの頃はそういう時代だったのです。

時は流れて祖母が亡くなり、父と母は日置市の父方の家に帰りました。そして一度は止めていた踊りをまた始めたのです。

もう家元にも昔の威光は無く、結社にも大掛かりな催し物をする力は無いのです。それでそういうルートでのお話ではなく、なんというんですか「老人クラブの昼食会」とか「敬老会」とか「町内会の親睦会」とか、そういうご町内・村落レベルの地域共同体の素朴な催し物への参加のお呼びがかかるらしいのです。すでにそれでかなり牧歌的なお話なのですが、報酬がね・・・・・・・・。その土地の田んぼでとれたお米や餅米なのですよ。日置の実家の冷蔵庫や食料庫はもらったお米や餅米でいっぱいなのです。

「い、・・・・いい話やなァ。」

ちょっと感動しましたです。

「芸能の報酬にお米をもらう。」芸能の原点であり、実に日本的な慣習の復活だと思いませんか?祭りや神事に近い匂いがします。こういう話を聞くと「日本の田舎はまだ大丈夫だ」と思います。やはり土地に根付いて生活するということは、これほどまでに強いのです。

うちにもお米のおすそ分けが来ます。なんというありがたいことでしょう。

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