池袋ウェストゲートパーク5・反自殺クラブ
故ナンシー関画伯が『ろくに見もしないで「テレビなんかおもしろくない」と言っているのにはムッとする。そういうのは私のように目がかすむまでテレビを見た者が言ってこそのセリフである。』とおっしゃってますが、まさしくその通りでしょう。ほとんどTVを見ないわたくしは、TVについて何もいう権利がございません。
脚本家宮藤官九郎の出世作TV版「池袋ウェストゲートパーク」も、去年ビデオ(DVDではない。泣ける)で観ました。石田衣良氏の原作(文藝春秋社)は、ほぼ発売と同時に読んでいるというのにです。我ながら現代日本に住んでいるとは思えない偏った情報の元に生きています。TV版もおもしろかったけれど、やはり原作とは違いますね。テイストが。
最初に原作の「池袋ウェストゲートパーク」を読んだときにはたいへんなショックでした。あまりのカッコよさに!
翻訳物を読んでいるみたいな垢抜け振り。でも舞台や風俗はまぎれもなく今現在の池袋(らしい。池袋知らないけど。)。あとで「A・ヴァクスの『フラッド』の雰囲気で書いた」というインタビューを読みましたが、まさしく、それ。ストーリーの作り方、文章、キャラクターの造形、すべてが骨太でオーソドックス、クラシックともいえる手法なのに、このおもしろさ。
「この作者は、悪党だわ!」確信いたしました。
いっちゃ何だけど、それまでの和製ハードボイルドはおもしろくなかった。特に男性作家のやつ。だってさ、主人公(だいたい30代~40代の男だ)が女々しいんだもん。「殺された女房の、子供の、恋人の、親の復讐のために単身巨大悪に挑む」こればっか。「だいたい女房子供を守れなかったのは、てめえがドジで身のほど知らずだからだろうが」とか「復讐の途中で人様に迷惑かけんな。あああ、また犠牲者が・・・」とかツッコミどころ満載。そのくせやたらとセンチメンタルでジメジメしてる。「女房が死んでから復讐するより生きているうちに大事にしろよ!甘ったれんな!」と、腹が立って腹が立って。
「池袋ウェストゲートパーク」は、その点目が覚めるほど鮮やかでした。主人公の果物屋のマコトのカッコよさ。ハードボイルドの常套、自嘲的セリフも満載なんだけれど、マコトが言うと卑屈じゃない。いわば「自分ツッコミ」でからっと笑わせてくれる。この「からっと」したところが大事よね。なんつっても「ハードボイルド」は「固茹で卵」よ。からっと乾いた文体が身上でしょ。
池袋のGボーイズを束ねるキング・タカシ(またこいつがカッコいい)。若手有望ヤクザのサル。しけた池袋署の刑事吉岡。鉄火なマコトの母。凄腕ハッカー・ゼロワン。まだまだいるけど、もう出てくる奴出てくる奴、「世の中の大勢に流されず自分の中のモノサシで判断する事ができる」カッコいい奴ばっかり。「池袋ウェストパークシリーズならいくらでも書ける」と石田衣良氏は言ってるけど、いくらでも書いて欲しいよ。「いつまでもこの世界に浸っていたい」と思わせる。どの話も後味が凄くいいのです。これだけ、毎回毎回「普通こんな事知らんだろ」というような悲惨なアンダーグランドの話を書いといてこの後味の良さはただ事ではない。
考えられる事は一つ。石田衣良氏が本物の悪党である。これしかない。どんな泥をかぶろうが汚物をかぶろうが汚れない揺らがない。それは腹をくくった本物の悪党にしかできない事。
TVを見ないのでよく知らないけれど、どうも石田衣良氏はTVにも雑誌にも今引っ張りだこらしい。雑誌で見る限りその意見には揺れがない。TVではどうなんだろう?もしナンシー関画伯がご存命だったら、石田衣良氏をウォッチしていただろうか?なんと言っただろう?読めないのが本当に残念です。
今回のⅤで一番よかったのは「スカウトマン・ブルース」。18人の女の子を風俗に紹介してその上がりで食っている凄腕スカウトマン、タイチ。この、聞くだけならば最低の男の、他に類を見ない魅力をあますところなく文章で見せる。なんという説得力。「やはりこの作者は悪党である。」と確信するのですが。
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