椿屋敷のお客様

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2008年9月 2日 (火)

ガードレール

Nec_0053 なんだよこりゃああ?

裏山に通じる道にいつの間にかガードレールが取り付けられてました。それも高速道路にでも付けられそうな馬鹿でかくてごっついやつ。

理解に苦しむよ。ここの道はほんとに山の中に通じる道で、ほとんど車が通りません。竹山の整理の軽トラも向こう側から入るのでここを通らないのに。なんでこんなご立派なガードレール?

人が落っこちたという話も聞かないし。たとえ転落防止にしてももう少し華奢で3段ぐらいの柵があるでしょ?どうして横板まで高さが60cm以上はあるシロモノを使うの?子供が滑ったらガードレールにかすりもせずに、穴をくぐってらくらく向こうに滑り落ちちゃうよ?!

この裏山の道については前から腑に落ちないおゼゼの使い方がされているのです。何度も言うように車がほとんど通らないのに、いきなり山の中で道路が5mぐらいに拡げられてたりとか。ご丁寧に両端に白々と歩道線が引かれてます。だからァ、車も人もほとんど通らない道路なんだってば!!

誰も見てねえと思って、くだらねえ税金の使いかたすんじゃねえ!農地整備課!

2008年6月15日 (日)

岩手・宮城内陸地震

Nec_0001 岩手・宮城内陸地震でお亡くなりになった方のご冥福、および行方不明の方々の一刻も早い救助をお祈りいたします。

それにしても、ほんのこの間四川大地震があったのに、今度は日本の東北で。地震は恐ろしいです。

実はわたくし、阪神大震災のとき関西にいて、部屋の中が大揺れに揺れ6棹の本棚が(すべてマンガ満載)一瞬のうちにすべて倒れるという恐ろしい体験をいたしまして、それ以来地震が大の苦手なのです。

はっきり言って、大揺れに揺れてるときはもうただただ床に這いつくばるだけですぞ。「机の下に避難」とか「火の元栓」とか、そんなもの全部ぶっ飛びますぞ。「あわわわわわ」とかいいながら、なすすべなく人智を超えた桁違いの力に翻弄されるだけ。はかないものでございます。

鹿児島市じゃ、ここしばらく桜島の灰がよく降ります。おいおい。ひょっとして火山活動が活発化してるのか?大正3年の大爆発みたいのがあったらやだぞ。「忘れた頃」にも来てほしうないぞ、天災。

2008年5月15日 (木)

よかったよかった

Nec_0006 ついに中国政府が日本の緊急救助隊の受け入れを決定しました。第一陣が四川大地震の現場に派遣されたとのニュース。

よかった。ほんとうによかった。

もう72時間を過ぎているけれども、それでも一人でも多く助かってくれるといい。

あとはミャンマーの軍事政府。民なくして国はないというのに。いったい何を守っているつもりなのやら。

2008年5月14日 (水)

天変地異

Nec_0007 ミャンマーのサイクロン、中国四川省の地震で被害にあわれた方々に心よりお見舞い申し上げます。

それにしてもほんの1週間ほどの間に、100年に一度の災害が2度もアジアで起きてしまいました。大変なことです。それも狙いすましたように軍事政権のミャンマーと、動乱のチベット自治区に最も近い四川省。神も仏も無いものでしょうか?ただでさえそこらの人々は消耗しているでしょうに。

中国なんか各国の支援の申し出を断わってるよ。神戸の災害救助犬なんか歯がゆくて足踏みしてるらしいです。

ただねえ、四川省は蜀と呼ばれた大昔から「蜀の桟道」とか言って道の険しいので有名な場所、中国政府の「道が悪くて案内できないから」みたいな断りの言い訳も「そうかもしれんなあ、場所が悪いよ」などと納得しそうになります。その一方「やっぱ北京オリンピックも近いし~~、人民の命よりメンツをとってんじゃねえの?」などと邪推もしたくなり、中国政府の仁徳の無さを思うわけです。

ほんの1月ほど前に「中国とは、自国の人民が何万人飢え死のうが地震で死のうが『無問題』で済ます国である」と書きましたが、今でもその考えは変わりません。3ヵ月後、何も無かったかのように北京ではオリンピックが開催されることでしょう。

2008年4月18日 (金)

誰がするち言うたかよ!

Nec_0005 「陪審員制度」!あんなもん誰が通したんだ?誰がするち言うたかよ!!市町村の選挙管理委員会からくじで引かれて赤紙のように通知が来て、「基本的に辞退はできない」んだよ!国家による強制だよ。強制。なんだよそりゃあ!

他人なんか裁きたくないよ。そんな知識も興味もないよ。自分の人生とはそれまで何の接点もなかった他人の命や人生を、決定的に左右する場所に行きたくない。怖いよ。重すぎるよこの責任。なんでそんなものを強制的に背負わされなきゃならないわけ?「ヤギと鶏と犬と猫の世話があるんで行けません」と言ったら「10万円以下の罰金」よ。冗談じゃねえぞ!

裁判がやりたいんだったら、死ぬほど勉強して司法試験を受けとるわい。何年もかけて法律のプロフェッショナルを養成しとるんだろうが。なんの素人の出る幕があろうか。法がそれほど簡単なものだったら、もっと司法試験は易しいだろうよ。

本当に「裁判に参加したい素人」っているのか?ひょっとしたら冤罪かも知れない人を無期懲役や死刑にすることの責任の重さを、本当に素人が背負うことができるのか?「できる」というやつの神経を疑う。お前は何様じゃ!(「水戸黄門」の見過ぎじゃないのか?あの番組はつくづく良くない。水戸徳川家の隠居だかなんだか知らないが、諸国を漫遊して私的裁判とリンチ殺人の教唆をしてまわるジジイの話。いくら江戸時代でもそんなことを許す法は無かったと思うぞ。)

こんなわけわからん制度を、何ではじめるんだ?「裁判に民意の反映」ってなんだそりゃ?「裁判は法に基づいて」行われるもんでしょう。「民意」とか「良識」とかまったく実体の無いものを根拠に人を裁くのをリンチって言うんだよ。

うわあああ、気持ち悪い~~~!!今からでも遅くない。止めろ。

2008年3月29日 (土)

人殺しは人殺し

Nec_0017 尊属殺人を「心中」と言う言葉で表現するのは止めてくれ。子供であれ親であれ「血がつながっている相手を殺して、自分も死のうとしたからにはよほどの事情が・・・・・。」などと訳知りの報道には反吐が出る。

血がつながってようがいまいが人殺しは人殺し。茨城や岡山のおバカな若造の無差別殺人と、東京のいい年こいたおっさんが自分の家族を殺したのと、「殺人」と言う点ではなんの違いも無いぞ。

「一家心中」をする精神て大嫌い!!自分の人生に絶望して自殺しようってんならしかたない。ひっそりと死んでください(それでも周りにはかなり迷惑だけど)。少なくとも子供を巻き込むなよ!!「残されたらこの子が不憫で」勝手に決めるな!!「親はなくとも子は育つ」とはだてに伝えられてきた言葉じゃないぞ。

自分の子供でも殺せばそれは人殺しだ。ただの尊属殺人じゃないか。「無理心中」と言う表現は、「強姦」を「乱暴」と言い換える偽善と似て、さらに酷いごまかしだ。

繰り返して言う。しょせん人殺しは人殺し。

2008年3月27日 (木)

死の概念

Nec_0022 ヤスネコのジョー(16歳・ジジイ)は、何年か前から猫エイズキャリアであることがわかっていて(たぶんどこかの猫とケンカしたときに感染したのでしょう)、発症すると口内炎が治らなくなって餌はもちろん水もろくに摂れなくなります。最初のときは獣医さんで注射を打ってもらったら症状が治まったのですが、今回はどうもうまくありません。

もう飼い主としてできることは、できうる限り安静にさせて、思い通りに過ごすようにしてもらうしかありません。よく「猫は死の間際になるといずかたへとも無く去る」と言われていますが、今まで飼った猫の中には去るものもいれば手元で息を引き取るものもいました。猫の場合は本人(猫)にそれを選択させる以外仕方がないと考えています。

ところで、今3歳の甥っ子が鹿児島に来ているのですが、彼にとって「ジョーのねこ」はたいへんなお気に入り。うちに来たとたん「ジョーのねこはどこ?ジョーのねこはどこ?」と探し回る有様。妹に「死についてそのまま話していいのか?」と聞くと「がんがん教えてやってくれ」とのこと。

そのまま話します。

「春ちゃん、ジョーのねこはなでてやれば治るでしょう?」

「いや、今回は難しいかもしれん。」

「治るようにいえば治るでしょう?」

「もう、治らないんだよ。でも、どんな生き物もいつかはこうやって弱って死んでいくんだよ。」

死の概念を自分はいつ手に入れたでしょうか?それは理屈や書物やTVからではなく、小さい頃に飼っていた猫や犬の死があって初めて手に入れたものだったように記憶します。「生きていたものが死骸になる」というのはそれほど劇的な変化ですから。現実に目前にしてしまったらどんな子供でもそれはわかるでしょう。

ゲームじゃそれはわからないけどね。

あ、『だからゲームが犯罪の温床である』などと安易なことをいうつもりはまったくありません。ゲームに触発される奴は何を見ても犯罪に走るでしょう。問題は「そういうヴァーチャルなものしか身近に無い環境」でありましょう。

2008年3月26日 (水)

多く、長く、広い国

Nec_0024 今となっては遠い遠い昔のこととなりましたが、わたくし中国史が専攻でございました。あまりの多さ、長さ、広さに「こりゃあ、一人の人間の一代の頭じゃ無理」とあっと言う間に挫折したんですけどね。

今だってその「多さ、長さ、広さ」はまったく変わってないし。あと3,4千年は変わんないんじゃねえの?

あの国は何千年も昔から、自国の人民が何万、何十万飢え死にしようが、地震で死のうが、洪水で流されようが、あるいは軍隊に鎮圧されようが(チベット自治区ね)、しれしれっと「無問題」と言い切ることができる国なんですよ。それが「悪人国家」だとか「テロ国家」だとか言う気は毛頭ございやせん。「そうでなければ治まらない国だ」と申し上げておるわけです。こういっちゃあ怒られるだろうけれどたぶん未来永劫ね。たかだかフランス革命からこっち200年あまりしか歴史を経ていない、西洋式の議会制民主主義が、あの国に馴染むわけがないっちゅうの。

んで、何が言いたいかというとですね、「自国の民が飢え死にするのすら『無問題』な国なんだからイザって時に他国の民が飢えても平気だよ。」ってこと。今度の冷凍餃子問題でもまったく責任取る気ないでしょ?そういう国なんだってば。

わからないのはあの国とは邪馬台国の卑弥呼以来2000年近い付き合いの癖に、胃袋を全面的に預けるような真似をして平気だった、ってその感覚。こえええよおおおお。すでに紀元前には「兵糧攻め」って言葉が兵法として確立されてる国なんだよ。「人肉饅頭」が繰り返し何の抵抗も無く文学作品に出てくる国なんだよ。

それはちゃちい西洋的な善悪を超えた、徹底的な現実主義なの。理屈でその現実主義に勝てるはずが無い。

悪いことは言わないから、とりあえず目先の損得はさておいて、自分とこの食料は自分とこで作ろうや。いや、まじで。

2008年3月 7日 (金)

増えた産卵数

Nec_0003 前にも書きましたが、去年の夏から秋にかけて近所の施設の給食の残飯を鶏にあげていたら卵を産まなくなったんですよ。そこの給食は中国産の冷凍野菜ばかり使っていたんです。おお~こわ。

んで去年の末から「こりゃいかん」と切り替えて、近所の上野豆腐店の豆腐と麦糠と草を混ぜた餌にしました。

そしたら産卵数が劇的に増えましたです。

ううううむ。ここまでとは。数字として目の当たりに見せられるとショックであります。

2008年2月24日 (日)

廃屋の水仙

Nec_0033 うちの近所は鹿児島市の北部の山の中、昔に比べれば家は増えましたが、廃屋もそこかしこにあります。

人が住まなくなると家はあっという間に朽ちますね。恐るべき速さ。そうやって見捨てられ建物が朽ちても、季節が巡れば庭の木や球根は花をつけたりして、かえって物悲しさを助長したりします。

それにしても・・・・・・。今日本には700万からの「人が住まない世帯」というのがあるそうな。この中には公団等の空き部屋も含まれるので、これ即廃屋の数字というわけではありませんが、おびただしい数の見捨てられた家というのが各地にあるのは間違いありません。

こういう廃屋を見るたび思うのですよ。都会では「ネットカフェ難民」やら住むところも定まらず明日をも知れぬ生活をしている若い衆が、かなりの数いるとか。こういう衆が住みにくい都会ではなく地方のこういう家に住み着けばお互いのためにいいんじゃないかなあ。んでもって荒れ放題の山だの畑だのに若い力で手を入れて国土と食糧自給率を回復させるんです。

まだ今なら、田舎で生きるすべを持った人々が高齢でも生き残っているわけだし。この人たちがボケないうちに援助策でもなんでもとって知恵を伝授してもらえるように手を打つべきでしょう。狭い日本でもその土地土地で生活の仕方はまったく違うからね。マニュアルでない生の知恵を残すべく一刻も早く。

いい手だと思うけどなあ。