香水ーある人殺しの物語ー
ものの本によれば五官のうちでも嗅覚は最も脳の言語野から遠いのですと。そのかわり恐怖と快楽を司る場所には最も近い。つまり一番原始的な感覚なわけでありますな。
人間は視覚のみを極端に発達させたために、嗅覚が恐ろしく鈍ってしまった生物だと申します。かもしれぬ。うちの犬のモモなんかただの雑種ですが、彼女の感覚にはまったくついていけません。月も星も無い闇の夜、はるか庭畑の遠くに侵入してきた小動物の気配を、いったい彼女はどうやって探知するのでしょう?決して視覚ではない。聴覚。そして嗅覚。彼女にとって何の変哲も無い山中の空気は、さまざまな糸や平面をおりなす臭気の塊なのでしょう。その世界観、想像を絶します。
というところで「香水ーある人殺しの物語ー」(パトリック・ジュースキント著・池内紀訳・文春文庫)です。
いやーーーーーおもしろかった!昨今読んだ翻訳物の中ではぴか一でした。ちょっと前に「パフューム」というタイトルで映画化されたんですよね。でも映画を見ようとは思わないな。ネタばれになるので書きませんが、『ああ、これ映画監督なら映像化したくなるだろうな』という超絶シーンがあるのですよ。でもテーマが「嗅覚」だけにね。「映画」という「視覚最優先。ちょびっと聴覚」だけの娯楽では、どんなに優れた映像でも文章から想起する妄想の嗅覚のほうがなんぼかすばらしかろうかよ、と思っちゃうのです。
お話は革命前夜のどこもかしこもむちゃくちゃ臭い街パリに産まれた、「人間離れした超絶嗅覚を持ちながら、自分自身の体臭を持たぬ男」の一代記なのです。むちゃくちゃ文章がうまくて、「犬の世界を文章化したらかくもあらん」という説得力のある描写。思わず自分の鼻をくんくんしちゃいました。やっぱり香りってのは大事だよ。たとえ意識の上になくても、必ず無意識の中に記憶されてる。それが香り。人口香料で鼻をつぶすような真似は決してすまい、と思わされましたね。だって「色気」にダイレクトに影響するのが香りなんだもん。
構成もうまくて「おお、こうきたか~~~!」のどんでん返し。久しぶりに一気読みしてしまいました。おすすめでございます。
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