三月に三頭の子ヤギを産んで、あふれるお乳でその子たちを立派に育てている、オジョウの様子がおかしい。
熱がある。歩行が危うい。鼻水だかヨダレだかを垂らしている。
今の九州で、いや日本全国で、牛、豚、羊、ヤギ飼いが、自分ちの家畜の様子がおかしかったらまず頭に浮かぶのはこれ。
口蹄疫。
びびった。心底びびりました。大急ぎで鹿児島大学動物病院のK先生に連絡して、うちに来ていただきました。もう、鹿大の動物病院は偶蹄類を受け入れないのです。今の鹿児島、テンパってます。「かごしま黒牛」「かごしま黒豚」の種牛、種豚は今月末までに全部離島に避難します。しかも「分散避難」です。テンパってます。
なので、ただでさえマメに診てくださるK先生が、文字通り音速ですっ飛んできてくださいました。車から降りた先生のいでたちはTVで見るような真っ白なツナギと真っ白なゴム長靴、そして分厚い手術用ゴム手袋。帽子。重装備です。
先生方も、もし、口蹄疫の患畜に接したら、10日間は待機して通常業務ができなくなるそうです。それほどに口蹄疫ウィルスは感染力が強いものなのです。
先生がいらっしゃるまでに充分びびり、「もし、もし口蹄疫だったら、オジョウもめーさんもヤンママもボンボンも、産まれてきた子ヤギたちも問答無用で皆殺し。それどころか、うちの半径10kmの牛も豚もヤギも皆殺し。アーーーーッアーーーーーッどうしよう、どうしよう、もし口蹄疫だったらあ!!」とぐるぐる同じ考えが頭を走馬灯のようにめぐり、食事も喉を通っていなかったわたくし、先生のこのいでたちを見てさらにびびり、緊張でその場を動けなくなりましたですよ。
先生は慎重な手つきでオジョウの唇をめくり、ゆっくり口の中を観察し、さらには4本の脚の蹄をひっくり返していきます。わたくしもう、ドキドキで口も利けません。
黙って車から籠を取り出してこられた先生は、そこから聴診器を持ち出します。
「・・・・・・せ、せんせい」自分の声が震えてしわがれているのがわかります。
「や、やはり、あの病なのでしょうか?」
「違うから手袋を脱いだんですよ」と、笑いながら先生。見れば、重装備の手術用手袋を脱いでらっしゃいます。
「はーーーーーーッ」脱力して、腰が抜けました。緊張がどっと解け足に力が入らん。
「肺炎ですね~。ほら熱が41,5℃もある。解熱剤と抗生物質を打っておきますから、日陰で水をかけてあげて扇風機の風を当てて気化熱で体を冷やしてあげてください。」
わ、わかりました。さっそく扇風機を準備します。口蹄疫で無いなら一安心です。
「肺炎としては重いですからね。くれぐれも油断しないで。」
このごj時勢、お忙しいでしょうにわざわざ来てくださってありがとうございます。
「このご時勢だからこそ、です。」
「できるだけ初期のうちに手を打っておかないと宮崎のようなことになる。獣医師は命を助けるために生業にしているのに現在の宮崎の命を断つ仕事はやりきれないことだと思います。」
「実は、ここに来る前に家畜保健衛生所に『やばいかも』と電話を入れてきたんです。それが仕事なんで。」
おお!!やはり、シビアなり!!
「『やばくなかった』とすぐ電話を入れますよ。」とニヤリとお笑いになる先生。
もう、深々と頭を下げることしかできませんでしたよ。
ああ~よかった。ホントよかった。まだまだ油断はできないので(ちゅうか、これからだ)警戒し続けます。それにしても、苦しかった。今偶蹄類を飼っているところは、みな同じ火で炙られるような心持ですわ。
とにかく早く終わってくれ。現金なものです。ヤギを飼ってなかった10年前の流行はまったくのひとごとだったのになあ。
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