植物の同定に図鑑は欠かせません。
たとえばチューリップを説明しようと「花弁は6枚で(正確には3枚が花びら、3枚がガク)、釣鐘を上に向けたような形、色は赤、白、黄色など、草丈は30cm・・・」などと、いくら言葉を駆使しても、トルコ桔梗なんかをを持ってこられたりするでしょうが、絵に描けば子供の絵でも一発でわかります。それほど人間は視覚に頼る生物なのです。
外部情報の実に80%を視覚神経から入力しているといわれています。ここでいつも気になるのですが、人類発生から500万年、そのうちの4999900年ぐらいは動画なしの生活をしてきました。4999950年ぐらいはTVなしで生活してきて、それなのに特にこの30年ぐらいは先進国で大多数の人間がTV漬け、もしくはコンピュータのスクリーン漬けの生活をしています。大丈夫なんでしょうか?今人類の目は発生以来の何百万年とはとんでもなく桁違いの情報を浴び続けているのです。
現に近視の人間(わたくしを含めて)だらけになっておるわけですが、それ以上にその情報を入力され続けている脳のほうは?脳の情報処理能力は本当に追いついているのでしょうか?人類の今までの進化にはまったくなかった性質の奔流のような視覚情報の洪水。普通の人間の脳で本当にそれをさばききれているのでしょうか?
「冬眠」の記事でちらりと述べましたが、太陽光を浴びることは本来昼行性の人類には重要なことです。太陽光不足による「冬眠状態に近いといわれる鬱病」が存在するわけですが、それ以上に人類は「冬眠」でもせなやっとれんぐらいの過剰で危険な情報の洪水にさらされておるのではないでしょうか?情報処理に疲れきって思わず動けなく(フリーズ)なるほどの膨大な情報に。
TVを見ると最近特に疲れるのです。目が悪くなったというのもあるかも知れませんし、ここ10年ぐらい朝6時のニュースと夕方7時のニュースと「なんでも鑑定団」と「たかじんのそこまで言って委員会」ぐらいしか見てないのでついていけないのかも知れません。オリンピック中継も疲れて見つづけることができません。「自分で情報を調整し、制限できる」という点で、マンガや本のほうがまったく疲労しなくてすみます。だからといってマンガ漬けになっとりゃ世話はないのですが。
まあ、おかげさまでうちには農園がありますので、そこの緑と動物に関する仕事は次から次へと絶えることはありません。これは体は疲れますがTVを見た後の脳みそがぐったりする感じはないのです。母方のじいさんが遺してくれた椿や山茶花の同定も、なかなか調べるのはたいへんですが「疲れる」という種類のものではありません。
この「日本ツバキ・サザンカ名鑑」(日本ツバキ協会編・誠文堂新光社)の2400種が載った図鑑を木の下まで持っていって「あれでもない、これでもない)と検討しておるわけです。とはいえ素晴らしい写真がついていますので、かなり速やかに同定ができます。リーズナブルで持ち運びがしやすい割には凄く便利。昔の椿図鑑はなにやらぶあつーい作りで、持ち上げるのにも重かった。あちこちの椿の銘木の写真が載りすぎていて厚さ20cmはありました。それにくらべりゃこの本は情報が制限されていて使いよいです。厚さも2.5cmだし。よい本じゃ。
「椿・山茶花」欄の「品種解説」はこの本を参考にしています。
最近のコメント