椿屋敷のお客様

椿・山茶花 Feed

2006年1月 8日 (日)

椿「胡蝶侘助」?

Nec_0019_4 Nec_0020_6 Nec_0021_9            父の説では椿「胡蝶侘助」です。「?」ですけど。

というのは、わたくしが椿関係の参考書としている「日本ツバキ・サザンカ名鑑」(日本ツバキ協会編・誠文堂新光社)では、「胡蝶侘助」の色はもっと濃い紅色に白斑だからです。身内の主張をそのまま載せるのもどうかと思うのですが、他に当たる品種が見つかりません。ご専門の方でお心当たりがある方、よろしければご教授ください。

椿の品種の中で「侘助」の名がつく一群があり、これはものすごく熱烈な愛好者がいます。猪口咲きの極小輪でぽちっとした可愛い花がたくさんつく品種です。これもその要件は満たしているのですが、色がなァ・・・。白地に淡紅色の班がはいってます。蕾は桃色です。

ものすごく可愛い花で、今それが木一杯に咲いていて、ラブリー。

2005年12月18日 (日)

山茶花「獅子頭」

002 山茶花「獅子頭」が咲いています。

山茶花「立寒」と親戚なのです。「立寒」と「獅子頭」の一番の違いは樹形です。「立寒」は名前どおり樹形が立性になります。「獅子頭」は横張り性。

花は同じく紅色の八重ですが、「獅子頭」のほうが花弁が多いです。つまり「雄獅子のたてがみ」に花形をたとえたのです。ぴらぴらと八重の紅色の花弁がふんわり広がっていく様はなかなかに華やか。

「立寒」「獅子頭」は紅系の山茶花ではもっともよく見かけるので、珍重はされてませんが、愛されている花です。「サザンカ、サザンカ咲いた道~♪焚き火だ焚き火だ落ち葉焚き~♪」と童謡「焚き火」歌われたのはこれだといいます。

「獅子頭」の最も古い記録は1894年の「園芸会雑誌」。中部地方に古木多し。1933年以降関東では「寒椿」と呼ばれています。

2005年12月17日 (土)

椿「白露錦」

Nec_0044_2 椿「白露錦」が咲きました。

「~錦」とか「~絞」とか呉服生地にちなんだ名前が多い椿・山茶花です。実際「これこのまま着物の柄にしたら素敵だよなあ」というような柄が多いです。といっても、着物は持ってってもなかなか着ることがなくなった昨今ですが・・・。帯の締め方は長く着ないと忘れます。やっぱ心がけて着にゃならん。タンスに食わせていてもしょうがない。

江戸の美意識が反映された柄と名前ですが、今時「錦織」を一般家庭で見ることができるのは、仏壇の敷物か晴れ着の帯ぐらいですもんね。キンキラのセンス嫌いではありません。むしろ「ここぞ」というときには必要。

「白露錦」も古い銘花で、江戸時代にはすでに知られています。白~淡桃色地に紅の吹きかけや小絞りが入ります。八重の抱え咲き。そこそこ具合の良い派手さです。筒しべか割しべ。中~大輪。花期は11月~4月。葉は楕円~菱状長楕円の中形。樹形は立性で生育は遅いです。1859年の「椿伊呂波名寄色附」という本にはすでに載っています。

2005年12月 3日 (土)

椿「曙」

Nec_0036_1 椿「曙」(あけぼの)が咲きました。

またまた相撲取りみたいな名前ですが、「曙」の名前どおり、夜明け前の空の微妙で絶妙な淡いピンクのかわいらしい花です。

椿の品種改良がもっとも盛んで熱心だったのが江戸時代、相撲の様式が確立したのも江戸時代、名づけのセンスに共通するものがあるのもむべなるかな、であります。閉塞された日本列島という空間の中で、狭いけれど深く深く耕すような独自の文化を発展させた、特殊な時代。「その時代にもどりましょう」というのは全くのナンセンスですが、「全部切り捨ててしまいましょう」というのもナンセンスです。

お相撲がなくなるのは嫌ですが、えんえんと「兄弟確執、お家騒動」を見せられるのはごめんです。だから憎憎しいぐらいに強い悪党面をした、草原で裸馬に乗ってた横綱(でも、引退する行司に花束と金一封をそっと渡す男気ある横綱)や、長身でハンサム、ヨーグルトの国の(親孝行)大関みたいな、外国人力士さんが増えていくのはすごくいいことだと思います。でも、相撲を英語化したりしちゃだめ。あくまで独自の路線を貫いて、まわしと髷もあのままで。

と、相撲取りの曙も大きかったですが椿の「曙」も大輪です。一重の椀咲き、筒しべ、蕾はピンクのまんまるです。葉は楕円の中形、肉厚。樹形は立性で強いです。江戸時代の京都は伏見・桃山あたりが出生源?ここらに古木が散在するそうです。

2005年11月30日 (水)

椿「西王母」

Nec_0038_2 椿「西王母」(せいおうぼ)が咲きました。

またこれがいい~花なんですよ。ぼってりしてるんですが、淡桃地のぼってりした花弁の外側になんともいえない微妙な紅のボカシが入ってます。色っぽい。Nec_0040_1

あああ、もうちょっと写真が上手だったらなあ・・・。

「西王母」って中国神話の仙女の親玉なんですよね。「西遊記」にもでてきます。3千年に一度だけ実がなって食べるといつまでも若く長生きできるという桃の木を持ってるんです。蟠桃会というそれのお披露目パーティで大暴れしたのが孫悟空。ちょいと年増だけどいかにもそういう桃の管理人らしい色っぽい姐さんが西王母。この椿にもふさわしい名前です。

一重、筒咲き、中輪、9月~4月が花期。葉はやや長楕円の中形。樹形は立性で強し。もともとは幕末に金沢でできた品種らしいです。いかにも古都金沢にふさわしい。金沢には「加賀侘介」という銘花があるのですがその自然実生との説あり。

2005年11月29日 (火)

山茶花「鎌倉絞」

Nec_0033_3 山茶花「鎌倉絞」(かまくらしぼり)が咲きました。

いや――これがまたいい花なんですよ。紅色の地に白斑が鮮やか。そして花によって白斑の入り方が全部違います。一重のラッパ咲き、小輪、花期は12月~4月です。ああ、もう12月なんだなあ(ばたばたばた)。葉は長楕円の小形ときどき黄斑が入ります。その葉の黄斑がまた美しい。樹形は横張り性で弱いです。

江戸時代の椿図譜にはもう「鎌倉」の名で出ているのですって。古い銘花なのです。いかにも江戸時代に好まれそうな、ちょっとアンバランスで危うい魅力。「鎌倉」の名前もいかにもですよね。古木は中部地方に多いとな。

今日はヤギ運動場完成!と喜んでめーさんに入ってもらったら、あっという間に格子をすり抜けて出てきてしまいましたがな。格子の幅広すぎでした。もっとめーさんデブかと思ってました。あまりのショックに力が抜け、近くの温泉に行ってしまいました。あああ、間抜け―――。やりなおしだぁぁ―。

2005年11月28日 (月)

椿「蔦紅葉」

Nec_0005_4 うわああ~!すみません、間違いました!!お客様の麦の花さんからご指摘がありました。(青い顔)

「お蔦・主税の湯島天神」は泉鏡花の「婦系図」で、下駄を履いて女を蹴飛ばすのは尾崎紅葉の「金色夜叉のお宮・寛一」ですと!主人公のカップルの名前を間違えてましたよ。恥ずかし~~~!みなさんでたらめは速やかに忘れてください。

本当にありがとう麦の花さん。(しかもメールで送ってきてくださるという奥ゆかしさ。感動しました。)これからも、おバカな間違いをしてたら教えてください。他のお客様のみなさまも、どんどこ教えてください。お客様の賢者の一人totto*さんのセリフではありませんが、愚かなる春であっても一歩一歩、日一日と「賢者への道」をみなさまのおかげで歩んでいけますのです。

というところでまたまた「蔦」の名を持つ花、椿「蔦紅葉」(つたもみじ)が咲いています。おもしろい花で桃色の花弁の1枚おきに白い雲状斑が入るのです。確認してみるとほんとにどの花も一枚おきに斑が入っています。「好き、嫌い、好き、嫌い」と花占いをするとおもしろいかも。一重の平開咲、サザンカ芯、中輪、花期は11~3月です。葉は長楕円で中形、樹形は横張り性。立寒と攸県油茶の種間雑種。新潟県原産で1988年発表です。これも、趣があって好きな花ですが、畑の奥に生えていて長い間忘れ去られていました。ごめんね。

2005年11月26日 (土)

椿「白太神楽」

Nec_0025_4 椿「白太神楽(しろだいかぐら)」が咲きました。

椿屋敷農園の椿は17年前に亡くなった母方の祖父が集めました。プロでもないのに集めた椿200種以上(残っている木でも推定150種以上)という、「ちょっとどうよ?」な、何にでもマニアックなのめり込み方をする明治男でした。

それだけなら「さぞかし謹厳実直を絵に描いた雷親父であったろう」なのですが、さにあらず。実にすっとぼけた飄々じいさんで、今鳥取に住む従兄弟いわく「エロじじい」。ホンダのナナハンが発売されるや即免許取り(当時はオール限定解除)。何のためにとったかというと「ヌード写真撮影同好会の撮影旅行」のため。磯のお庭や北九州など、同好の士達やモデルさんと撮影旅行。そのために買った「MAMIYA RB67」は「女の肌が一番美しく撮れるカメラ」だから。(遺品として遺されています)。従兄弟はただ一人の男孫だったため、祖父なりに何か思うところがあったらしく、12歳を過ぎて遊びにきたとき「ばあさんやかあさんにはゆうなよ。」と、秘蔵のヌード写真をげっぷが出るほど見せられ「よかどがー!よかどがー!」と。「まじエロじじいや思たで」と、葬儀の席で従兄弟。

かといって明るい清潔感があったのが、明治男の不思議なところで、柔剣道7段、なぎなた5段、居合道3段。狭い自宅に道場を作って修練をやってました。エロ好きで派手好きなくせに好きなのは白い花。人間って一口では語れない複雑さですね。

「白太神楽」はそういう祖父が好きだった花なんだろうな、と思います。『太神楽』は「獅子舞」の意味もあり、花形は牡丹咲きもしくは獅子咲きの派手な形、中―大輪。でも色は真っ白。11月から4月が花期。樹は立性。葉は長楕円で中形。玄関の並びの3m級の樹の中の1本。

2005年11月24日 (木)

椿「吾妻絞」

Nec_0022_1 椿「吾妻絞(あずましぼり)」が咲きました。

我が家近辺では昨日の朝など放射冷却で霜が降りていました。オンボロの軽のエンジンがかかりにくくなり往生しました。季節は確実に冬になっていきます。でも冬来たりなば春遠からじ!大好きな春がくるまでやることはどっちゃりあるのだ!

庭、畑のどこに、どんな椿・山茶花が咲き出すかわからないので、毎日の見回りは油断なりません。花が咲かないうちは椿の木を椿と認識してなかったりします。築山のグランサミアナの奥にも高さ3m以上の椿か山茶花の木が5,6本生えていますが、夏はどれも一緒の木に見えます。それが時期になるとああ――ら不思議。それぞれが色も形もちがう花をつけて個性を主張しだすのです。「吾妻絞」もその中の一本です。「絞」の名にふさわしく、白地または淡桃地に呉服生地の絞にそっくりな絞り模様が入っています。一重、ラッパ咲き、筒しべで中輪。花期は11―4月。葉は長楕円で大型。樹形は立性で強いです。なにせ花の枝に届かないぐらい高くなっています。古い尾張の花で来歴はわからないのですと。この花も好きだなあ。飽きがきません。

2005年11月19日 (土)

椿「グランサミアナ」

Nec_0009_4 ついに椿「グランサミアナ」が咲きました。

「グランサミアナ」は20世紀の終わり、返還前の香港で原木が発見されました。「グランサム」とは当時の香港総督の名前だそうです。

重い歴史や世界情勢を背負った宿命の花としての貫禄充分。純白の花弁の裂れとカーブが、なんともいえない華やかさを醸し出しています。庭の築山に植えてある株に花が咲くと、思わず”God save the queen!”と叫びたくなるような品のよさ。

日本で売り出された当時たいへんお高かったそうです。「椿屋敷にある椿・山茶花の中で一番の値段」だったと。お値段も貫禄充分であります。