椿屋敷のお客様

マンガ Feed

2005年9月22日 (木)

フラワー・オブ・ライフ

Nec_0018 お客様のコメントやお客様のブログを拝見していて、つくづく「おおおお、皆さんおいしいものを食べることへの情熱燃えさかっとる!」と思います。すごいですねえ。やっぱり食べることが基本ですよ。短い人生の中で、歯も内臓も大丈夫で、毎日の食事を何の制限もなくハッピーに食べることができる時は無制限じゃないです。食料だって潤沢にある時代はほんのここ数十年のこと。わずか60年前には上流も下流も中流もなく、この国はみんなが飢えていたのです。恐ろしい。「グルメ」とか気取る気はまったくないですが、毎日のご飯と味噌汁と漬物は最低限あたりまえのものをおいしく食べたいです。幣ブログにおいでになる皆様が、そういう意味ではすごく精進してらっしゃる方たちばかりで、身が引き締まる思いです。

ということで、「今、マンガ家のなかで一番食べることに情熱を燃やしている」よしながふみ氏の「フラワー・オブ・ライフ」(既刊2巻・新書館)です。よしながふみ氏は著書の中で「寝るときと仕事中以外は四六時中食べ物のことを考えているのよね。場合によっちゃ仕事中も食べ物のことを考えているのよね。」というほどの食いしん坊さんでもあります。大ヒットした「西洋骨董洋菓子店」で、「これでもかこれでもか」とばかりにこの世のものとも思えないほどおいしそうなおケーキさまさまの数々をご記憶にとどめてらっしゃる方も少なくないでしょう。

「フラワー・オブ・ライフ」の中でもそのスピリッツは健在です。

ストーリーは白血病の治療を生き延びた花園春太郎くんが、一年遅れではじめた高校一年生生活を愉快で個性的な仲間たちと楽しくおいしく過ごしていく・・・という、何てことない設定なのですが・・・。いいですぞー。笑いますぞー。手を変え品を変え次から次からでてくる料理、お菓子、食べ物、おいしそうですぞー。

春太郎の初の親友となる、ポニャポニャ体型でお人よしの翔太、高校1年ですでに完成されたオタクで体と運動神経が無駄にイイ真島、同僚教師との不倫に悩んで手を切りたがっている一見オカマの女教師シゲ、密かに描いていたハーレクインマンガを真島に公開されて人生が変わった武田さん・・・。みんなちょっとずつどこかずれてるんだけど、自分の人生に一生懸命でいじめなんかやってるヒマがない。よしながふみ氏が作りだした、ある意味ありえない高校ライフなんだろうけれど・・・。おもしろいよー!特に武田さんのハ―レクインマンガを文化祭の劇で上演することになり、「『リング』の貞子」から「お貴族令嬢」に変身した武田さんと、「超自己ちゅ―オタク」から「黒髪ハンサム士官」に変身した真島の掛け合いには爆笑。あと、2巻からいきなり火の付いた、どS真島とM女シゲの「禁断の恋愛」の行方も気になる。おすすめでございます。

なお、2巻にレシピがでてくる「かぼちゃのパウンドケーキ」作ってみました。簡単ですごくおいしかったです。

2005年9月18日 (日)

百鬼夜行抄

Nec_0010 日置の家はとんでもないお化け屋敷であった。築百五十年以上、建物だけで200坪、中二階と二階あり。しかも階段は途中で切られている。もともと病院(うわあ)と呉服屋だったのを無理やりくっつけて、後から思いつきで普請しまくってるから家相は最悪。始末もしてない井戸が家の床下に埋まっていたのである。当然シロアリが大繁殖して畳の下から蟻塚が出てくるありさま。百五十年も同じ家族が住めば、家で何人も死人が出ているし、その中にはあまりいい死に方じゃない人もいる。家鳴りはビシバシ鳴りまくるし、変な火の玉が見えたりするし、まあ、いろいろ不思議なことがあった。祖父の葬式のときに、便所の前に赤い着物を着ている女の人がいて、次の瞬間ふっと消えてしまったときは本当に肝をつぶした。

とはいうものの、「『霊』とか『死後の世界』は生きている人間の頭の中にしかない。」と思っているので、もちろんあれは錯覚である。「見る」のは「場所」と「精神状態」と「タイミング」が「そういう錯覚を起こす状況だった」ということである。だから恐ろしくないといっているのではない。だからこそ恐ろしいのである。人間の脳が生ものである以上、誰しもに錯覚は起こりうる。昔から「入ってはいけない場所」というのがあるが、やはりそういう場所には「入ってはいけない」のである。何らかの条件付けでそこは「錯覚を起こしやすい場所」である可能性がある。「やめとく」のが無難である。

「百鬼夜行抄」(今市子著・朝日ソノラマ社・既刊13巻)は、この手のマンガではピカイチである。特に女性誌でこんなに本格的に民俗学的手法を使ってホラーを描いた作品は初めてではないだろうか?

幻想怪奇小説家を祖父にもつ飯嶋律は4代前からのお化け屋敷に住んでいる。その上祖父から「見る体質」を受け継いだために、もう律のまわりは妖魔と幽霊だらけ。いとこの司や晶もやはり「見る体質」。陰陽道をかじっていた祖父が護法神として残した龍の青嵐(大飯ぐらい)、律が自分で調伏した小型のからす天狗の鳥の妖魔の尾黒、尾白(この二匹がキュート)、さらに律の「体質」を聞きつけて相談を持ちかける人々も巻き込んで、てんやわんやの大騒ぎ。――――

と書くとそれまでの話であるが、いいのよー。なんともいえず。今氏も基本的には「霊」とか「死後の世界」とか信じてないので、律やその他の「見ている人々」がひょっとしたら「まったくの錯覚」を起こしているかもしれない可能性を必ず残して描いている。「何も知らない人が見たら律は薄気味の悪いことをいう、たちの悪い霊感少年」であることをちゃんと描く。このバランス感覚がすばらしい。「自分の性質が人から嫌われる」ことを律も知っているが、「見えるもの」はいかんともしがたい。そして「見えるもの」の中にこそ心惹かれるものがあったりするのである。季節の移り変わり、古来からの伝統、古いものを大事にする心、弱いものへの思いやり・・・。しかしそういうものを大事にしようとすることにはたいへんなリスクが伴う。日本の八百万神は恩恵ばかりを与えてくれるわけではない。一方では祟り神であり、理屈の通じない化け物であったりするのである

「手に負えないものに手を出すな」。これをすごく品のいい語り口で語る。しかも美しい。いいなあ―――。

2005年9月17日 (土)

のだめカンタービレ・13巻

Nec_0009、「のだめカンタービレ・13巻・二ノ宮知子著・講談社」を買ってしまいましたです。期待を裏切らないおもしろさ。「KISS」連載中に立ち読みしてるんだけど、にもかかわらず笑う笑う。

10巻からのだめと千秋はパリにおるのであります。のだめは音楽の世界的名門コンセルヴァトワールに、千秋は指揮者としてデビューして。千秋の母が所有する、素敵なアパルトマンの隣の部屋同士になって、しかもそのアパルトマンは、世界各国からやってきた音楽家の卵たちが集っていて・・・・・。と、活字で書くとこんなにも「おフランス好き」が好きそうなロマンティックなシチュエーションだというのに―――。なぜにこんなに変なの?

どうやら「音楽を志すものは世界的に変人で変態。」というのが二ノ宮氏の認識らしく、各国からやってきた卵たちも変。ロシアから来たお色気虫のターニャ、おフランス人のくせに日本アニメオタクのフランク、中国から来た金に異様に細かいユンロン・・・。多士済々なのに、我がのだめの個性はこれにまったくひけをとらない変態ぶり。

飛び入りではいったおフランスの正統な教会のノエル(クリスマス)の、キリスト生誕劇でロバを演じて、しかも堂々とそのコスチュームで「獅子舞」を舞ってみせる。すげえ。どうやってこんなキャラとシチュエーションを考えつくのでしょうか。二ノ宮氏の「天才ファミリーカンパニー」も大好きでしたが、この、キャラとのクールな距離感と絶妙なボケぶりのバランス、たまりません。

今買ったら特製キャラしおりがついてるよ。

わたしのは峰龍太郎しおりでした。

2005年9月10日 (土)

ピアノの森

051「 今注目のピアニストが主人公のマンガ」となると、前述の「のだめカンタービレ」とは別に「ピアノの森」(一色まこと著・既刊10巻・講談社)を無視できんのですわ。

「のだめカンタービレ」が”女性誌掲載にもかかわらず青年誌テイストが濃い”ピアニストものなら、「ピアノの森」は”青年誌掲載にもかかわらず女性誌テイストが濃いのである。

だいたい主人公のカイが人格者である。ほとんど聖者に近い。一応出生が「森の端」という娼婦街で、娼婦を生業とする未婚の母から生まれたことになっているが、すでにこの母が天使。ある意味「聖母マリア」。母と住むバーのそばの森に捨てられたグランドピアノがあって、物心つく前からこれをおもちゃにして育ち、生来の才能が開花したという設定。話は彼の小学生時代から始まっていて、そこに血統書つきのピアニストの卵雨宮(父親が現役ピアニスト・いいやつ)が転校生としてやってくる。天才ピアニストだったが事故で挫折した音楽教師阿字野(いいひと)もからみ、あくまで自分の天才性に無自覚のカイを、寄ってたかって目覚めさせようとする・・・・・。「こういう設定どっかで見たよなー」と、はたと思いついたのが「エースをねらえ」。

主人公=無自覚の天才=岡ひろみ=カイ

ライバル=血統書つき秀才=お蝶夫人=雨宮

それに挫折した元天才のコーチ=宗方コーチ=阿字野

                      〈阿字野はまだ死病に取り付かれてる様子はないが)

・・・・・ね?ぴったりじゃっどが。

このパターン比較は「エースをねらえ」を「ガラスの仮面」に代えて

北島マヤ―姫川亜弓―月影先生にしても可。

つまり「ピアノの森」は一昔前のど根性少女マンガの黄金パターンを見事に踏襲しとる訳よ。無自覚の天才に血統書つきが「どんなに血のにじむような努力をしてもぜってえ勝てねえ。」ところなんかもそのまま。「女性誌テイスト濃いなあ」と感じて当然である。でてくるキャラのほとんどが善意の人だし。無自覚の天才に何の見返りも要求せずに、その才能を育てようとしてくれる。それもそのまま。

しかし決定的に違うところがひとつだけ。それは温度。ど根性少女マンガは「そこまで熱くなくても・・・アチチチやけどするわい。」というぐらい熱血だったが、「ピアノの森」はぬるい。けなしているのではない。それが心地いいのである。賢明なお客様諸氏にはすでにおわかりであろうが、「ピアノの森」は本来のわたしの好みの範疇ではない。しかし、このぬるま湯のような「長く浸かってても心臓に負担かかりませんよ」というような毒気のなさがたまらん後を引くのでありますよ。

「ダントツとはいえないが無視できない。」ちょっと不思議な位置付けでありますが・・・。それが作者一色まこと氏の狙いだったりして。んで、見事にはまってたりして。

のだめカンタービレ

052 まッこちお客様はありがたいもので、台風見舞いのメールをくださり、記事の間違いを指摘してくださり、文字化けの直し方を教えてくださり、リストの「ラ・カンパネラ」のサイトを紹介してくださるのである。ありがたいことじゃ。

「ピアノの貴公子」リストの「ラ・カンパネラ」は大好きな曲だ。文字通りPPP(ピアノピアノッシモ)でピアノを弾きこなす技量がないと弾けない。「弱く弱く弱く」弾くには訓練と才能が要る。男でも女でも、ショパンとリストを弾きこなす人には惚れる。

今ピアニストが主役のマンガでピカイチは「のだめカンタービレ」(二ノ宮知子著・既刊12巻・講談社)でしょう。ダントツです。これは「KISS」という女性誌で連載されているのだが、「一昔前なら青年誌のテイストだよなあこれって・・・」というほど女臭くないマンガである。

何せ主人公の「のだめ」が変。変人を通り越して変態である。まず、部屋が汚い。とんでもなく汚い。ピアニストの卵であるからいつもグランドピアノと暮らしているのであるが、ゴミの中から発掘しないとピアノが出てこない。「ヒロイン」がこれって思い切ったよなあ。んで、「ヒーロー」たる千秋(指揮者の卵)はキレイ好きで神経質、料理の達人。たまたまのだめの隣の部屋に住んでた音大の先輩なんだけど、馴れ初めがねえ、酔っ払った千秋をのだめが自分の部屋に引きずり込んで、あまりの部屋の汚さに仰天した千秋がボランティアで大掃除、洗濯するということから・・・・・。その関係は12巻にいたってもそのまま、のだめはおにぎりしかできず部屋は鬼汚く、千秋はのだめのためにおさんどんをしている。千秋はもともと指揮者にありがちな「俺様」で「唯我独尊」性格なのにねえ。あまりののだめの変人・変態ぶりに「今度こそ手を切るぞ、切るぞ」と決心するにもかかわらず、「変態の森」に引きずり戻される。一度など別れ話を持ち出したとたん、パリのおしゃれな橋の上で「後ろから飛びげり!」をかまされとったぞ。「殺される・・・」と思った千秋はそのまま復縁

主役二人がこのありさまなので、でてくるキャラでてくるキャラ、すべて変人もしくは変態。ルックスはいいのにバイオリン下手、目立つこと命でファザコンな峰、千秋に岡惚れのティンパニー奏者、オカマの真澄ちゃん、何より千秋の「師匠」となる世界的指揮者のミルヒーことシュトレーゼマンのキレぶりは地球規模。自家用ジェットで世界中を演奏旅行しているのかキャバクラ回りしてるのかわからない。もー笑う笑う。

一昔前なら、女性誌でこういう「道を極めます」ものって、登場人物はみんな人格者だったのにねえ。でも、こういう「変態情報の解禁」てすごくいいことだわ。音楽の授業じゃ習わなかったけど、時代を築いた音楽家って、みんな私生活は「そりゃーどうよー(笑)」というむちゃくちゃさだもん。だからこそ他者を動かせるほどの曲がかけたのだろうしね。

2005年8月16日 (火)

医龍

Nec_0145 数年前、父が拡張型心筋症で危うく死にかけた。お蔭様で当時開発されたばかりの新薬が利き、現在は普通に日常生活を送っている。同じ頃祖母がいわゆる「寝たきりボケ老人」で、今の家で介護していた。二人も家族に病人がいて、母とわたしはかなりハードな生活だったはずだが、祖母も無事に大往生し、「喉もと過ぎれば」すっかり忘れてしまった。しかし父の件では病院に感謝を、祖母の件では病院に恨みを、これだけは忘れることができない。

ここ数年「医療まんがブーム」なのは、多分病院にご縁のある人が増えてきたせいじゃないかと想像する。いろいろあるが、この分野でピカイチは「医龍・既刊9巻・永井明原案・乃木坂太郎著・小学館」である。このまんがは拡張型心筋症の「バチスタ手術論文」にからめて、大学病院の抱える問題をこれでもかこれでもかとばかりにえぐり出してくる。にもかかわらずキレイ事にもお涙頂戴にもなってないのは、主人公の朝田が「善人」じゃないからだ。

手術の腕は一流だが、政治力ゼロだった彼は、出身大学を石もて追われ、海外の紛争地域NGOの医師として経験を積んでいる。で、さらに「超一流外科医」となる。性格的に問題山積みでも一度彼の手術を見たら、惚れこまずにはいられない。その一人、「医療改革のため」心臓外科教授の地位を狙う加藤(若くしかも女)が、帰国した朝田を論文手術のためにスカウトするところから話は始まる。この加藤も単純な「善人」ではない。のし上がるためにあらゆる手段を使っているし、その罪を自覚している。「外科手術はチームワークだ」と、朝田は大学病院の慣習に従わずにチームメンバーを集めるのだが、この加藤をはじめ、自己チュ―研修医の伊集院、義兄とのトラウマを抱える看護師ミキ、娘の治療のために大学病院に逆らった藤吉、以前新薬開発のために人体実験に手を貸した麻酔医荒瀬、等々医局の中のハンパ物ばかり。しかしこのメンバーのチームワークは本物で、次から次へと難手術をこなしていく。「敵方」たる現教授の野口のキャラ設定も秀逸だし、旧「白い巨塔」に出てきた田宮二郎みたいな切れ者アメリカ帰り教授鬼頭もかっこええし、これだけの曲者を絵を見ただけで、「ああ、こういうやついるいる」と納得できるぐらい絵もうまい。

原案の故・永井明氏は「患者よガンと戦うな」という本を出した人で、この人もかなりの変わりもんだったんだろうけど、乃木坂太郎氏も失礼ながらかなりの「ヘンブツどん」ではないかと想像する。だからこそ作品がおもしろい。特に最新9巻はおもしろかった。9巻で脇役にでてきた中田先生、「あ、こういう人いる。」お気に入りである。

「ビッグコミック・スペりオール」は今「医龍」と「MOONLIGHT MILE」そして大好きな西原理恵子氏が連載しているので青年誌の中じゃ一番のお気に入り。

2005年8月11日 (木)

ONE OUTS

Nec_0134 お知りあいに92歳の国会議員の未亡人がいる。この人が知る限りでは最強のギャンブラーである。何せほとんど歩くこともかなわないのに、毎朝ベッド上で日経新聞を読む。そして株を動かす。「昨日はン百万儲けましたよ。」なんてお話がざらである。亡くなった旦那様が徒手空拳の一文無しのときから糟糠の妻として支え、選挙参謀として何十年も過酷な国政選挙を勝ち抜いてきた。「選挙ほどおもしろい博打はありませんでしたよ・・・ほほほほほ。」

ONE OUTS(甲斐谷忍著・集英社・既刊14巻・ビジネスジャンプにて連載中)は既成の野球漫画のアンチテーゼとして描かれている。とにかく主人公の渡久地がなあ、ギャンブラーなのよ。一応ポジションはピッチャーなんだけど、球速120kでしかもストレートしか投げることができない。どうよ。いまどき甲子園球児ですら150kの球を投げるご時世によ。やってけるのか?プロとして?・・・・・。それが、渡久地は決して負けない。勝負師なのだ。悪魔的な洞察力で、相手の心理、弱点を読み、天候など自然現象まで利用して、裏の裏の裏をかく息詰まる心理戦。「エーッ?野球規則にこんなルールが?」舌を巻きますぞ。野球選手としての渡久地そのものがすでにギャンブルで、オーナーと「ONE OUTS契約」なるギャンブルをしてる。「おれがワンナウト取る毎に500万支払ってもらう。逆に失点したらアンタに5000万支払おう。」野球そのものが賭博性の高いスポーツだ。高野連が何と言おうとね。満塁走者一掃ホームランで一気に4点入るんだもんな。それに加えてこの作品じゃ、その野球を囲む世間とも賭博をしている。しかも勝つ。痛快。

作者の甲斐谷忍氏は鹿児島出身で、さりげなく甲南高校がでてきたりしている。薩摩隼人でしかも工学部だったらしい。まあ、そのせいではないだろうが、とにかく女が一人もでてこない。一人もだ。それこそこのご時世に青年誌でお色気ヌードの一つもなくて大丈夫なのか?と心配になるほどすがすがしい。いや、鹿児島男だから女が描けないんでしょ?なんて言ってないよ。ほんと、一言も。

2005年8月 7日 (日)

ホーリーランド

Nec_0124 愛情と性欲と暴力をごちゃごちゃにしている男は、確かに世の中にいるもので、そういう男と関わりたくないのに妙に好かれたりするときがある。(だいたい潜在的なマザコンだ)。彼らはコミュニケーションの手段に暴力の占める割合が大きいのでトラブる。わたしは自分や自分の愛するものに対する暴力を許す人間ではない。殴られたら殴り返す。いいかげん大人になっても、そういう対処をしてきたが、「やっぱ、大人の女としては『きゃあああ』とか悲鳴をあげて他の男なり、警察なりに助けを求めるべきね。」と反省している昨今である。

「ホーリーランド・森 恒二著・白泉社」は「マンガ史上もっともリアルな路上格闘!」を謳い文句に、格闘技好きの男たちの静かで熱い支持を受けている作品だ。先シーズンでTV東京の深夜枠でドラマ化もされたのだが、鹿児島では放映されてなかったようだ。DVDが発売されたはずなのに「それ何?」とかビデオ屋で言われたし。観たいよう。なんせ「ホリラン好き」の男たちが寄ってたかって原作に忠実に(特に格闘シーン)仕上げとのこと、アクション大好き人間の食指が動くではないか。このマンガ、今までのお気楽格闘マンガとは性質が違うのである。痛いのよ、暴力が。心にも体にも。リアルに。主人公のユウはほんと暴力に縁のなかった華奢な男の子だったんだけど、執拗ないじめにあい、生き残るために他になすすべもなく、独学でボクシングのワン・ツーを身に付ける。それが発端となって、思いも寄らない彼の格闘技の才能が目覚め、それに呼ばれるように様々な格闘技男たちが己の全存在を賭けて、ユウと戦う。柔道、空手、レスリング、ボクシング、剣道・・・それぞれの経験者たちがリアル。なんといっても作者の森恒二氏は例の「ベルセルク」の三浦健太郎氏と友達のようで、男同士の関係の愛憎のとらえかたのスタンスに共通するものがある。ホモセクシャルの匂いがプンプンする。だけど、格闘技のかかえる一面はそれだもんねえ。そこが魅力的なのであるからして。わたしは断然レスリング土屋ファンである。剣道タカもいいなあ。

2005年7月29日 (金)

MOONLIGHT MILE

Nec_0103 スペースシャトル・ディスカバリーで大騒ぎ。NSAは「安全だ」と言い張ったすぐ後に「でもやっぱ危険だから、しばらくスペースシャトル中止」と言うことくるくる変わる、変わる。大丈夫かいな?わたしはアポロの月着陸映像も「ハリウッド特注じゃねえのか?キューブリックやスピルバーグのほうがずっと派手な映像じゃけどな。」と思っているような人間なので、「ふーん・・・」と言うのが基本姿勢である。が、このマンガを読んでから少し違うかな。「MOONLIGHT MILE」(太田垣康男著・小学館)。感動したなあ。今の近未来宇宙開発SFマンガじゃ、ピカイチだ。主人公の吾郎は冒険家の故植村直己氏を彷彿とさせるような、タフなブ男(失礼)なんだけど。これが、もてるもてる。港ミナトに女あり、宇宙港ごとに女あり。しかし彼のどんな状況下に置いても、タフで冷静で、生き残るための策をとる(しかも人を殺さない)精神力の強さをすごくうまい演出と、視野の広い大人な視点で見せてくれるので、「こりゃあ女も惚れるわなあ。」と思わせる。本命の恋人理代子は、日本の宇宙開発を支えるキャリアウーマンだが、最新10巻では、その理代子の妊娠が(もちろん吾郎の子)なんと月の国際サミット中に発覚。(この国際サミットは次世代エネルギーの月のヘリウム3の配分を巡る重要な会議で、理代子は日本代表)初の月ベビーとなるはずなのに、月を支配するアメリカ宇宙軍と吾郎の元親友のロストマンには、邪魔な存在。世論にばれる前に隠密裏に「処理」しようと企む。月面上の隅々まで張り巡らされた、アメリカ宇宙軍の監視システム。理代子とベビーは無事逃げきれるのか?

作者はものすごくストーリー展開と伏線の張り方のうまい人で、この顛末にもあっと驚く痛快な決着がつくんだけど。(11巻に載る筈)。簡単に人を殺さないし、「この状況下でどうして希望を語れるの?」というような過酷な状況でも、あきらめず、胸のすくような解決策を持ってくる。傑作である。

2005年7月23日 (土)

鋼の錬金術師11巻

Nec_0093 早速買うてしまった。鋼の錬金術師11巻。おもしろうございました。アニメのほうも12巻まで見てしまい、あますところ13巻のみ。早く続きがみたいが見てしまうのももったいないような・・・。マンガ11巻で「等価交換」と「不老不死」という、相反する概念を登場人物たちがどう納得していくかが際立ってきて圧巻。「不老不死」ねえ。知る範囲の80-90代のじいさまばあさまたちが口をそろえて言うことは「一刻も早よ、け死もごたる。」です。人生50年の時代にくらべると、不老不死化は、+30年。かなり進んでるはずなのに、思ったように幸せではないようです。「一番、楽しく元気だったころの、大切な人たちは全てあちらに逝ってしまって、何の未練があるか。」ごもっとも。じゃあ、社会全体今のままで、誰も老いることなく死ぬことがなく、永遠にそのままだったら・・・。そんな世界、無茶苦茶気色悪い。永遠に変わることのない牢獄じゃないか。これ以上生きる気のない人たちを、医療だの介護だのの金のために無理な延命をするな。死にたがっている人は静かに死なせてやれ。せめて死に方を選ばせろ。そういうところまで深く考えさせられてしまう作品だなあ。ホムンクルス達やキメラ達の悲しみが痛い。