椿屋敷のお客様

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2005年8月

2005年8月24日 (水)

カブトムシ

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ミニトマトの果汁を吸いにカブトムシが来ていたので、早速撮影にチャレンジ。

む・・・むずかしい―!

動くものを撮るって、むずかしい。動物とか、昆虫とかの撮影を生業にしている人を本当に尊敬する。

じつは、オクラの枝にいつもカメムシのカップルが何組も交尾をしているのであるが、カメラ(携帯だが)を向けると「ただいま交尾中」のくせに巧みにつながったまま逃げるのである。むかつくぞお!そりゃ、そんな現場を撮ろうとするアタシが野暮ですよ。でもね、「くそったれエエエ、ひとんちのオクラでいつもいつも交尾しやがってー!」とかいって、ホースをジェット水流にして水かけたりとかしてないじゃないのよ(よっぽどしてやろうかと思うけど)。カメラで撮るぐらいさしてくれやあ。というわけで、カメムシの交尾の撮影にはまだ成功していない。成功する前にシーズンが終わるんじゃ・・・。

2005年8月22日 (月)

屋敷神

003 マンションには住めない。気密性の高い設計の住宅もだめだ。「エアコンがだめ」「地面をいじらないと落ち着かない」「高所恐怖症」いろいろあるが一番の理由は「散らすから」。大阪で何年か公団4階の2DKに住んでいた。妹に「ここは豚小屋か?」と言われたほど荒れた。やれ恥ずかしや恥ずかしや。

とほほほ・・・

美意識が欠如していたのである。そう、美意識。「仏壇そうじ」の項目でも書いたが、わたしに信仰心はない。あるのは「カッコいいか?美しいか?気持ちいいか?」である。なかでも「エホバ」や「アッラー」など一神教を信じることは一生ない。肌に合わない。気持ち悪い。しかし、「水神」や「屋敷神(鹿児島で言うところのウッガンさあ)」や「便所神」など日本古来の八百万の神々は、信じないまでも居てくれたほうが都合がいいし、気持ちいい。カッコいいとすら思う。「正月には屋敷の神さあが床の間に来やったっで、そうじをせんな。」とか「井戸の周りは水神さあが居られるとこやったっでキレイにしっせえ塩を盛れ。」とか「東北の犬走りは疫病神さんが通っごわっで、キレイにしっせえ湿らすんな」と言われると、ただただ「清潔が大事よ」と言われるより、ぐうたらなくせに能書きたれのわたしには説得力がある。椿屋敷はその能書きに(わたしにしてはでき得る限り)そってそうじをしている。「どこがよー?」と言われると困るが、ま「当社比」ということでご勘弁を。

公団2DKは、人間が住む上で必要なものを効率よくコンパクトに収めてあったが、シンプル過ぎて能書きのたれようがなかった。八百万の神様も居なかった。よってそうじをする必要を感じなかった。おおっ、完璧な言い訳である。公団側としては「安い家賃でちゃんとした設備の部屋に住ましたったのになんちゅう罰当たりや。」であろう。すみません、田舎者には住みこなすのが無理でした。「今後二度と地面に足が届かないところには住むまじ。」ということをわからせてくださってありがとうございました、である。

ひまわり

002 004 夏はやっぱりひまわりでしょう。この大げさ加減が大好きである。今は色んな色、形、大きさの品種が出回っていて楽しい。バイカラー(二色)の品種が好きである。「ひまわり」という名作映画があるが、一面のひまわり畑の映像の他は、主演のソフィア・ローレンの同じ人間とは思えないほど具の大きい顔と、美しい主題曲しか覚えていない。

貝細工

001茎についている時から、ドライフラワーみたいな花である。今の時期仏壇やお墓の花が持たないので、貝細工やアスターのような、もともと乾燥気味の花は重宝する。ドライフラワーにしといて、クリスマスのリースやプレゼントのパッケージのブーケにしようと目論んでいる。

ナスづくし

Nec_0152 ナスの田楽、焼きナス、ナスの味噌炒め、麻婆ナス、ナスの味噌汁、ナスとトマトのパスタ、・・・近頃ナスづくしである。今大量に採れる。しかもうまし。旬っていいなあ。

2005年8月20日 (土)

I’m not in love

Nec_0095 Nec_0126 モモ(紀州犬雑種・女の子・4歳)とドリアン(アメリカンショートヘアのハーフ・おじさん・11歳)は世の中の犬と猫がそうであるように、仲が悪い。モモが生後3ヶ月でもらわれてきたとき、最初の出会いでモモにドリアンが連続猫パンチを喰らわせて以来、「こんな意地悪なおじさん大嫌い!」とモモに刷り込まれたらしく、それからドリアンがモモの縄張りに少しでも入ると「ウワン!ウワン!」と大騒ぎである。ドリアンのほうも、彼は坊ちゃん育ちのへたれなので、猫パンチしか武器がないにもかかわらず、こまめにモモと彼の縄張り境まで出張っては「フーッツ!フーッツ!」と猫的威嚇をする。一見ドリアンのほうも「この小娘が何を勘違いしちょるか。」と思ってそうであるが、何年か観察していて「事はそう単純ではないのではないか?」という結論に達している。ドリアンはモモをたいそう意識している。鶏番も兼ねているモモの縄張りは広いが、ドリアンは「モモ、向こう側にいってるな。」と判断したら、常日頃モモが常駐している場所に、そろりそろりと猫的忍び足で近寄り(その用心は傍で見ていておかしい)、首を伸ばして向こうのモモの様子をうかがい、鼻をひくひくさせてそこらに残っているモモの匂いを嗅ぐ。几帳面な彼らしく隅々まで嗅ぐ。なかなかの執着ぶり。「あんたほんとはモモのこと大好きなんじゃないの?」

10ccの名曲”I’m not in love”をBGMにかけてやろうか。美しいハーモニーと遠鳴りの潮のようなシンセサイザー、心臓の鼓動のようなベースの音の上に、男の声で”I’m not in love・・・I’m not in love・・・”「僕は愛してなんかいない・・・愛してなんかいない・・・」と切なくささやきつづける、素直でないくせに執着する男の愛を歌った歌。あんたにぴったりだわ、ドリアン。

恵みの雨

Nec_0151 久しぶりにまとまった雨が降ってくれたですな。ありがたやありがたや。今朝は庭や畑の緑も生き返ったように濃くなっております。乾くのはいかんよ。人も緑も。

2005年8月18日 (木)

からすうり

027 からすうりの花は今時分の夜に咲く。白い花弁の外側がレースのように透けて、なかなかに美しい花である。ほのかに甘い香りがして風情があるが、繁殖力旺盛(こんなんばっか)で木に絡みつくと往生する。秋に真っ赤な実がなるので、そちらをご存知のかたが多いのではないだろうか?やたらと日本画の題材にされているからである。Nec_0147

薬草図鑑をひいてみたら、「実はしもやけ、催乳に利き、根は黄疸、利尿に利く」とある。

2005年8月17日 (水)

ドリアン、青畳にゲロを吐く

飼ってNec_0143らっしゃる方ならご存知だろうが、猫はゲロを吐く。しつけの問題ではない。生理的にそNec_0146うなっているのである。 猫はもともとが「待ち伏せ猟」をする動物のため体に匂いがつくのを嫌う。それで実にマメに自分の毛皮の手入れをする。四六時中体を舐めている。自然、抜け毛が胃の中に溜まり、その塊を定期的に吐き出さなければならない。嘔吐剤としてイネ科の葉っぱを齧るほどである。(「猫の野菜」として売っているのがこれである)「くつろいでいるなー。」と油断していたら、いきなり「うげっ!うげっ!」といいだす。一応猫はキレイ好きであるから、ふわふわした物とか大事なものの上には吐かないでいてくれる(ようだ)。しかし、フローリングとか畳とかは、彼らにとって「嘔吐OK!」な場所らしい。うううむ。半年前に替えたばかりの畳でも容赦無し。ドリアン(アメリカンショートヘアのハーフ・♂・11歳・ドリアンは果物のドリアン)を、わたしはこよなく愛しているが、ゆうべ「さて布団をしこうかい・・・」と構えたところで大量のゲロをその畳に吐かれたときにゃあ、まだ、「ウゲッ、ッゲ」といっているのを網戸の外に放り出した。すぐ、モモが走ってきて吠えた。ごめんドリ。愛しているんだけど。 

2005年8月16日 (火)

医龍

Nec_0145 数年前、父が拡張型心筋症で危うく死にかけた。お蔭様で当時開発されたばかりの新薬が利き、現在は普通に日常生活を送っている。同じ頃祖母がいわゆる「寝たきりボケ老人」で、今の家で介護していた。二人も家族に病人がいて、母とわたしはかなりハードな生活だったはずだが、祖母も無事に大往生し、「喉もと過ぎれば」すっかり忘れてしまった。しかし父の件では病院に感謝を、祖母の件では病院に恨みを、これだけは忘れることができない。

ここ数年「医療まんがブーム」なのは、多分病院にご縁のある人が増えてきたせいじゃないかと想像する。いろいろあるが、この分野でピカイチは「医龍・既刊9巻・永井明原案・乃木坂太郎著・小学館」である。このまんがは拡張型心筋症の「バチスタ手術論文」にからめて、大学病院の抱える問題をこれでもかこれでもかとばかりにえぐり出してくる。にもかかわらずキレイ事にもお涙頂戴にもなってないのは、主人公の朝田が「善人」じゃないからだ。

手術の腕は一流だが、政治力ゼロだった彼は、出身大学を石もて追われ、海外の紛争地域NGOの医師として経験を積んでいる。で、さらに「超一流外科医」となる。性格的に問題山積みでも一度彼の手術を見たら、惚れこまずにはいられない。その一人、「医療改革のため」心臓外科教授の地位を狙う加藤(若くしかも女)が、帰国した朝田を論文手術のためにスカウトするところから話は始まる。この加藤も単純な「善人」ではない。のし上がるためにあらゆる手段を使っているし、その罪を自覚している。「外科手術はチームワークだ」と、朝田は大学病院の慣習に従わずにチームメンバーを集めるのだが、この加藤をはじめ、自己チュ―研修医の伊集院、義兄とのトラウマを抱える看護師ミキ、娘の治療のために大学病院に逆らった藤吉、以前新薬開発のために人体実験に手を貸した麻酔医荒瀬、等々医局の中のハンパ物ばかり。しかしこのメンバーのチームワークは本物で、次から次へと難手術をこなしていく。「敵方」たる現教授の野口のキャラ設定も秀逸だし、旧「白い巨塔」に出てきた田宮二郎みたいな切れ者アメリカ帰り教授鬼頭もかっこええし、これだけの曲者を絵を見ただけで、「ああ、こういうやついるいる」と納得できるぐらい絵もうまい。

原案の故・永井明氏は「患者よガンと戦うな」という本を出した人で、この人もかなりの変わりもんだったんだろうけど、乃木坂太郎氏も失礼ながらかなりの「ヘンブツどん」ではないかと想像する。だからこそ作品がおもしろい。特に最新9巻はおもしろかった。9巻で脇役にでてきた中田先生、「あ、こういう人いる。」お気に入りである。

「ビッグコミック・スペりオール」は今「医龍」と「MOONLIGHT MILE」そして大好きな西原理恵子氏が連載しているので青年誌の中じゃ一番のお気に入り。