ウマノアシガタ
牛をも中毒させるという、ウマノアシガタです。今時分盛んに黄色い花を咲かせてはよくひっかっかる種をつけています。
日置の実家の近くに「クワンシキ」という悪所があり、 そこは小さな谷の小さなドブ川のすぐ上にある更地でした。昔から誰がどんな屋敷を建てても、その家で人が死んだり、離散したりして更地になってしまうのです。
うっそうと茂った樫や何やの雑木に囲まれた100坪ぐらいの空き地で、いつも鬱々ジメジメと湿って藪になっていました。ハブ以外の九州に棲息するありとあらゆる蛇がいました。マムシ、アオダイショウ、ヤマガカシ、シマヘビ、メクラへビ、カラスヘビ・・・・・。現にここに探検に入ったわたくしの同級生のズボンにアオダイショウが喰らいついたという話でした。こういうところにありがちな古井戸があり、水神様の祠がありました。大人の噂では「この水神サアが荒神なので、人が居着くことができないのだ」ということでした。
一番下の妹が小学校に上がるぐらいの頃、ちょうど今の季節でしたか、ある夜いきなり高熱を出して「手が痛い~手が痛い~」と泣き出しました。あまりに苦しむのでホームドクターが「大学病院に行きなさい」と奨め、そのまま鹿大病院に入院してしまいました。
診断は「原因不明の小児リューマチ」。
幼い妹の両手の小指はパンパンに腫れ、検査検査でひっきりなしに血液を採られて腕は注射痕で青アザだらけ。一月を過ぎても原因がわからず、心痛めた両親はとにかく妹に熱を出す前後の事情を聞いてみたらしいです。
妹は「熱を出した日に、友達とクワンシキに遊びに行った。あそこで冒険して遊んでいるうちに、水神サアの祠の花瓶を割った。そのとき花瓶でちょっと手を怪我した。悪いと思ったので牛乳ビンを替わりに置いてきた」と言ったのでした。
藁をもすがる父は「それだ!」と思い、神具屋でちゃんとした神棚用の花瓶を買いクワンシキに急行しました。そして水神サアの妹が供えた牛乳瓶と取り替え、花を供えて拝んだのでした。そのときなぜかわたくしもついて行ってたのですが、父はクワンシキの入り口でわたくしを待たせ、敷地に立ち入らせませんでした。見るとちょうどこのウマノアシガタがクワンシキの敷地に大繁殖して枯れて種だらけになり、足を踏み入れるごとに噛み付くようにに引っついてくる有様だったのです。もう冬に差し掛かっていたにも関わらず、空気はむっとして湿り、どんよりとした重さを湛えていました。なんというか子供心にも禍禍しくも荒廃した淋しい風景だった事を覚えています。
不思議な事に、妹の手の腫れは原因がわからないままその日を境に薄紙をはぐようによくなっていったのです。すっかり元気になって、今や二児の母です。
それ以来「入ってはいけない悪所はあるのだ」と思います。「水神サアの祟りだった」とはいいませんが、湿気なのか空気なのか土壌なのか人や生き物に悪影響を及ぼす場所はあるのだ、と。土地の人が「入ったらイカン」という場所には入らんほうがいい。「触らぬ神に祟りなし」は本当だ、と。そして荒れ果てたクワンシキに広がる枯れたウマノアシガタの原を思い出すのです。
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